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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [7]




 霞流の背に視線を向ける。
 美鶴の存在など忘れてしまったのだろうか? それとも忘れているフリを演じているだけなのだろうか? 一度もこちらを振り返らない。腕に女性を絡ませて歩く姿は、まるで美鶴に見せびらかしているかのようだ。
 お前のようなお子様などより、このような女性の方が一緒にいてはるかに楽しいのさ。
 闇に溶けてゆく背中がそう囁いているかのようだ。
 癪に障る。
 そんな事ないっ! 私だってっ!
 そう反論したい。だが、霞流の腕に絡みつく女性の存在。
「慎ちゃん、それでねぇ」
 闇夜を突き破る甲高い声。話の内容からいって、久しぶりのご対面なのだろう。霞流の事を気に入ってもいる様子だし、今日は当分離れそうにない。美鶴が無理矢理割り込めば、モメ事でも起りかねない。
 美鶴はあの店ではまだ常連と言えるような立場でもない。そもそも入店してはいけない未成年だ。対して相手は、テレビにも出ているそれなりの有名人。モメ事が起これば、はたして周囲はどちらの味方をするだろうか?
 霞流さんはきっと私の味方なんてしてくれないだろうし、ユンミさんだって完全に信用できるというワケじゃない。
 今日は、霞流さんと一緒に居ることは、できないかもしれない。
 美鶴は再び霞流と涼木の背中を見比べ、やがて意を決したように駆け出した。
「待ってください」
 背後から声を受け、涼木魁流は立ち止まった。振り返り、少しだけ目を見開く。
「僕?」
 小さいがハッキリとした声。発音の仕方がどことなくツバサと似ていると思った。
「あの、あなたは涼木さんですよね?」
「君は?」
 不躾に名を呼ばれ、警戒しながら顎を引く。
「君は霞流の連れだね」
「そ、そうでもありますけど」
 制服は着ていないが、きっと高校生だとはバレているのだろう。このような繁華街をウロついている未成年など信用できない。そんな雰囲気を漂わせる相手の視線に、美鶴は慌てて口を開いた。
「私、ツバサと、と、友達なんです」
 友達、という言葉に抵抗を感じた。だが、今は説明をするのも面倒だ。
「ツバサ?」
「はい、涼木ツバサ。あっと、聖翼人(えんじぇる)
「聖翼人」
 涼木魁流の瞳が動いた。
「聖翼人。ツバサの?」
「はい、あの、私、同じ学校で」
「同じ?」
「はい、唐渓で」
「唐渓」
 涼木は美鶴の全身を眺める。
「あ、今日はちょっと事情があってこんな時間にこんなところにいますけど、本当に私、唐渓の生徒なんです」
 こんな所で唐渓の名前を出しても良いものかどうか不安が無いワケではないが、同じ学校の友達というのが一番自然な説明だ。昨日も一昨日(おととい)も同じような時間にこの辺りに居たという事実は、この際割愛させてもらう。
「そうなんだ、ツバサの」
 涼木は一瞬、優しそうな瞳を闇のどこかへ流した。が、すぐに感情の読めない瞳に戻して美鶴と向かい合った。
「で? 唐渓の生徒が、僕に何か?」
「あ、あの」
 その、少し冷たいとも思える言葉に一瞬怯み、何をどう説明すればいいのかまとまらないまま口を開く。
「あの、ツバサが、ツバサがあなたに会いたがってるんです」
「ツバサが?」
「はい、あなたを探しているって」
「僕を、探している?」
 美鶴の言葉に視線を落とし、しばらく考えた後、頭をあげた。
「それは嘘だ」
「え?」
 断言するような声に、美鶴は絶句する。
「嘘って」
「そんなはずはない。ツバサは僕の事など気にもしてないはずだ」
「なんでそんな事?」
「なんで? なぜって、ツバサは僕を嫌っているからだ」
 途端、ツバサの言葉を思い出す。
 昔は嫌いだった兄。疎ましいと思っていた。自分はそうだったと、風に乗せるようにツバサは言った。
「君、僕や妹の事をどこまで知っているのかは知らないが、そうやって男の気を引くなんて手、僕には通用しないから諦めて」
 少し軽蔑も含めた言葉を吐き、美鶴に背を向けようとする。
「ツバサもそう言ってました」
「何が?」
「昔はお兄さんの事が嫌いだったって」
「今でも嫌いだと思うよ」
「そんな事、どうしてわかるんですか?」
「じゃあ、君のような人間にはわかるのかい?」
 君のような、こんな夜中に繁華街をウロついているような未成年になぜわかる?
 まったく信用していない眼を向けられる。
 信用されていない。
 涼木魁流は見下すような視線を流して背を向ける。
「悪いが、男が欲しいなら余所(よそ)をあたってくれ。さっきの女性も言っていたが、僕は異性にも同性にも興味は無い」
「それは、(れい)さんという人の事を、今でも想っているからですか?」
 瞬間、ものすごい勢いで涼木が振り返った。
 勢いだけではない。その形相も異様だ。目尻を吊り上げた(おもて)は鬼のような、まるで般若のような、何か邪悪な魔物にでも取り憑かれたかのような恐ろしい視線。美鶴は、その場に硬直した。
「言うな」
 喉の奥から搾り出すような声。
「その名前を気安く口にするな。二度とだっ!」
 最後は吐き出すように声を荒げ、背を向けて小走りで闇夜に姿を消してしまった。





 すごかったな。
 思い出すだけでも身が硬直する。
 怒っていた。大好きな人の名前を気安く言われたのが気に障ったのだろうか? それとも、死んでしまったという事実を思い起こさせてしまったのいけなかったのだろうか?







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